大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和52年(手ワ)525号 判決

原告

坂本盛明

被告

廣野儀平

被告

近藤弘

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立〈省略〉

第二  当事者の主張

(原告)

一、訴外大同通信設備工業株式会社(以下「大同通信」という)は被告廣野儀平に左記の手形(以下「本件手形」という)を振出し、被告廣野儀平はその手形を被告近藤弘に裏書譲渡(いずれも白地裏書)し、原告は被告近藤弘よりその手形を裏書によつて取得した。いずれも拒絶証書の作成義務を免除した。

(一) 金額 金弐〇〇万円

(二) 支払期日 昭和五二年四月二〇日

(三) 支払地 神戸市

(四) 支払場所 株式会社第一勧業銀行山手支店

(五) 受取人兼第一裏書人 廣野儀平 第二裏書人 近藤弘

(六) 振出日 昭和五二年三月一八日

(七) 振出地 神戸市

(八) 振出人 大同通信設備工業株式会社

二、原告は、つぎのとおり右手形を支払のために呈示したが、支払を拒絶された。

(一) 呈示の時期 昭和五二年四月二〇日

(二) 呈示の場所 株式会社第一勧業銀行山手支店

三、そこで右手形の所持人である原告は、振出人である大同通信に対して支払を求めたところ、振出人に弁済能力が無いため、裏書人である被告人等に対しつぎの金員の支払を求める。

(一) 約束手形金 金弐〇〇万円

(二) 右金員に対する昭和五二年四月二一日から支払済みまでの年六分の割合による遅延損害金

(被告ら)

一  原告主張第一、第二項の事実を認める。

二  訴外兵庫県通信機事業協同組合(以下「訴外組合」という)

(理事長訴外迫田春日)は原告から金員を借受け、右支払を確保するために額面二五〇万円、支払期日昭和五二年三月一七日振出人訴外組合とする約束手形一通を振出したが、右約束手形は不渡りとなり、迫田春日も行方不明となつたので、原告は被告両名、訴外志水信市を電話で呼出し、右金員の支払を強迫的に求め、被告らはこれを拒否するも、きかれず、原告に強迫されて恐怖のあまり志水において本件手形を作成し、被告らにおいて、それぞれ裏書をした。

三  その後、原告は、再三、電話で被告らを強迫して支払を請求し、被告らは恐怖の余り、昭和五二年四月二〇日、原告に対し元本として金五〇万円、利息として金二五万五、〇〇〇円(三四月分)の支払をした。

四  右の如く、本件手形の振出、裏書は、いずれも、原告の強迫によるものであるので、被告らは、昭和五三年二月六日本件第一回口頭弁論期日において、原告に対し右手形行為を取消す旨を意思表示をした。

五  よつて被告らは原告に対し本件手形金の支払義務はない。〈以下、事実省略〉

理由

一〈省略〉

二被告らは本件手形の裏書をしたのは原告の強迫によるものであると主張するので判断する。

被告ら主張のうち訴外組合が原告から金員を借受け、訴外組合振出の約束手形を原告に交付したことは当事者間に争いがない。そうして〈証拠〉によれば、原告は阪神金融センターの商号を用いて金融業を営んでいるものであるが、昭和五二年頃、訴外迫田春日は原告から金二五〇万円を借受け、その際、被告廣野も同行したが、迫田は右支払確保のために迫田が理事長をしている訴外組合振出の約束手形の振出を求められ、前記のとおり訴外組合が原告から金員を借受けたことゝして、組合振出の額面二五〇万円の約束手形(甲第三号証、振出日 昭和五二年二月二五日、支払期日 同年三月一八日、受取人兼第一裏書人 迫田春日、第二裏書人抹消、第三裏書人 志水信市、第四裏書人 被告廣野の各記載と各裏書人名下の印影がある)および金二五〇万円の昭和五二年二月二五日付借用証書(甲第二号証、返済日 同年三月一七日付、債務者 迫田春日、連帯保証人 志水信市、同被告廣野の各記載と右債務者ら名下の印影がある)を原告に交付したところ、その後、迫田は行方不明となり、右弁済期日に貸付金は返済されなかつた。ところで、被告両名および志水(以下「被告ら」という)は、いずれも、訴外組合の役員であつたところ、突然、原告から電話で右貸付金の弁償を求められた(原告廣野はその時からきびしく弁償を求められた)上、原告の許に呼付けられ、原告方に赴いたが、原告から前記約束手形を示され被告らが、いずれも、訴外組合の役員であることを理由にその弁済方を強く求められた。被告廣野および志水は、いずれも、右約束手形に裏書した記憶がなかつたが、かつて、迫田の関係している組合や会社の債務について信用保険協会や金融公庫に対し保証をしたこともあり、右裏書もその際したものではないかとも思つたが、原告から机を叩いて大声で叱りつけられた上、「貸した金は原告個人の金でなく、連中の金だから返してもらわないと困る」、「若い衆を待機させてある」、「警察にも知つた人がいるからどうでもなる」、「弁済しないと子供や親威とかどこまでも追及する」、「委任状もあるから公正証書もできる」等きびしく追求されて身の危険を感じ、保証債務を否認することができず、被告近藤もその場の空気から同様、身の危険を感じ保証債務を否認できなくなつた。右追及は三時間程続いたが、被告らは右債務を即刻支払うことができないので、さらに検討することを約して帰宅を許された。その後、被告らで相談したものゝ金策のあてもないので支払を猶予してもらおうと話合い、一週間位後に、原告方に赴いて支払の猶予方を求めたが、きゝ入れられず、結局、これを五回に分割し、各分割金に利息を加えて支払うよう申向けられ、被告らは右に応じないときには帰宅を許されないものと感じて、やむなく右申出に応じて帰宅し、一、二週間後、原告の指示に従い、被告らは、それぞれ、印鑑、印鑑証明書を持参し、志水が用意した手形用紙五枚に各人が(但し、志水は大同通信代表者として)それぞれ、振出人または裏書人欄に署名、捺印し、その際、利息を日歩金三〇銭と定め、右一枚の額面は右利息を加算して金七五万五〇〇〇円(甲第六号証、振出日昭和五二年三月一八日、支払期日同年四月一七日)とし、うち三枚は白地となし、その外、原告にいわれるまゝ金二五〇万円の昭和五二年三月一七日付借用証書(甲第四号証、債務者志水広市、連帯保証人被告両名)、同日付念書(甲第七号証、三名の原告宛分割払の約定)、同日付書面(第九号証、組合理事である被告らが迫田の定期預金について原告に不利な行為をしない旨の約定)に、それぞれ、署名、捺印した。本件手形(甲第一号証)は右白地の三通の手形の一通から作成されたものである。右甲第六号証の手形は支払期日に不渡となつたところ、原告から志水に対し電報できびしく支払を求め、または、家の明渡を求めてきたことがあり、結局、同年四月二〇日頃、被告近藤が右手形を買取つた。その後、同年五月、被告らは原告に迫られて支払延期書(甲第一〇号証)を作成した。以上の事実を認めることができる。右認定に反する原告本人尋問の結果は容易に信じられない。

三〈証拠〉中には、当初、志水および被告広野が迫田の原告に対する金二五〇万円の債務について昭和五二年二月二五日付で連帯保証をなし、同日付訴外組合振出の金二五〇万円の約束手形に裏書人として裏書した旨の記載、被告らが債務者または連帯保証人として原告に対し、同年三月一七日付で金二五〇万円の債務を負い、同年同月一八日付大同通信振出の約束手形に被告両名が裏書人として裏書した旨の記載があるけれども、前記認定事実によれば右記載の貸借は迫田の原告に対する個人的債務から出発したものであつて、途中で迫田が原告から求められて理事長の地位を濫用して訴外組合振出名義の約束手形を振出、交付したが、右手形を不渡としたゝめに、被告らが訴外組合の役員であることを理由として、原告の請求を受けるに至つたものである。しかしながら、被告らは、もともと、迫田の個人的債務について当然に責任を負うものでもなく、その意思もなかつたことが明らかである。しかるに、被告らが原告に呼ばれて、種々、強迫されて、結局、原告に対する債務を認め、その心理状態の継続している過程において本件手形の裏書を含め、前記甲号各証を作成するに至つたものではあるがその交渉の経緯は法的に相当なものとはいゝ難い。もとより、金銭取引の交渉において、或る程度の力関係が影響することは否定できないが、それは法的に許された範囲内でなければならない。前記認定事実によれば原告の発言と態度は、その真実の程は別としても、その背景に暴力金融のあることをにおわせるものであつて、違法な強迫であり、被告らが最終的に原告に対し債務負担を認めざるを得なくなつたのも右発言と態度によることをおいて外になく、これによつて畏怖の念を生じ、本来、負担していない債務を負うことを承認するに至つたものと解する外はなく、右甲号証の成立は、到底、これを認めることはできない。他に前記認定に反する証拠はない。そうだとすれば、被告らの本件手形の裏書は強迫によるものといわなければならない。

四被告両名が、昭和五三年二月六日の本件第一回口頭弁論期日において原告に対し本件手形の裏書を取消す旨の意思表示をなしたことは本件記録によつて明らかであるから右裏書は遡及的に無効となつたものといわなければならない。

(中村捷三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例